研究テーマ

糖尿病性皮質脊髄路障害とそのリハビリテーション

糖尿病性皮質脊髄路障害とそのリハビリテーション(村松研究テーマ)

糖尿病患者は代謝機能の異常だけでなく、下肢筋力低下やバランス機能の障害といった運動機能の低下も生じます。私たちの身体運動は中枢神経と末梢神経系、効果器である骨格筋の絶え間ない相互作用(感覚-運動制御、図1)によって制御さるため、糖尿病患者の運動機能低下は、これらの要素のどれが原因であっても説明可能です。しかし、糖尿病の影響は中枢神経系には及ばないとされていたため、その原因は末梢組織に求められがちで大部分が中枢神経に位置する運動神経系は議論と対象となりませんでした(Muramatsu et.al. 2020)。

我々はこの点に疑問を持ち、まず、1型糖尿病モデル動物を対象に脊髄の運動ニューロンに対する糖尿病の影響について調べました。その結果、筋紡錘を支配するγ運動ニューロンに重篤な障害が生じていることを明らかにしました(Muramatsu et.al. 2012, 2017)。この発見から中枢神経内の運動神経系も糖尿病の標的となることが明らかになり、さらに上位の中枢神経系に対する影響についても調査を進めました。すると、大脳皮質から脊髄(腰髄)に随意運動の運動指令を伝達する皮質脊髄路の中でも腰仙髄に投射する軸索の長い皮質脊髄路線維が損傷し、二次的に大脳皮質運動野の後肢領域を中心に運動野面積が減少していることが明らかになりました(Muramatsu et.al. 2018, 2021)。以上の発見は筋や末梢神経系で語られることの多かった糖尿病患者の運動障害のメカニズムに中枢神経系が関与する可能性を示すものでした(図2)。

我々はさらに、糖尿病性皮質脊髄路障害によって生じた運動機能を回復させるためのリハビリテーションの可能性についても検討をしています。最近の研究では糖尿病運動療法として一般的な有酸素運動と、通常は糖尿病運動療法として用いられることのないスキル運動(運動学習を伴う複雑な全身運動)の効果を比較しました。その結果、興味深いことにスキル運動を行なった動物では赤核脊髄路と脊髄のシナプス結合が強化され、おそらく赤核脊髄路を皮質脊髄路の代償路として利用することによって運動野面積の回復と運動機能の向上が観察されることがわかりました(図2、Muramatsu et.al. 2023)。この結果は新しい糖尿病理学療法としてスキル運動の可能性を示すものであります。

現在は同様の現象が2型糖尿病モデル動物においても生じるのか、研究を開始しています。以上のように当研究室では糖尿病が運動神経系に与える影響を体系的に調べ、それを改善するリハビリテーションを明らかにしようとしています。このような研究に興味のある方は一緒に研究をしてみませんか。

実験手法

当研究グループは電気生理学的解析とニューロトレーサーを用いた解剖学的解析を得意としております。また、補助的に免疫組織化学的解析も行なっています。行動解析としては握力計、ローターロッド試験、ビームウォーク試験、パラレルバー試験を実施しています。特に電気生理学的解析に力を入れていてt微小電極を用いた単一細胞レベルでの細胞外/細胞内電位の記録、微小電流刺激による脳の局所刺激法について学ぶことができます。

村松 憲